メソッド
納得。
(多事奏論)岡田武史さんの挑戦 主体性を育み社会変えたい 稲垣康介:朝日新聞デジタル
2020年1月18日 5時00分
サッカー元日本代表監督、岡田武史さんに師走に会ったとき、さらっと言われた。
「おれ、今は前よりかなり良い指導者になってるよ」
Jリーグ連覇も経験した知将は大言壮語とは正反対なタイプだけに確信があるに違いない。サッカーの指導法をまとめた「岡田メソッド」(英治出版)を出版するタイミングだった。読んでみると単に戦術の指南書ではない。4年近く悩み抜いた末に編んだ学術書、いや哲学書の趣すらある。
目からうろこ、の衝撃を受けたのは6年前の夏。スペインの強豪クラブ、FCバルセロナの指導者に驚かれた体験だった。
「スペインにはプレーモデルというものがある。その型を選手が16歳になるまでに身につけさせる。その後は、選手の自由にさせる。日本には型がないのか?」
サッカーは野球と違い、攻守を交代しない。敵味方が入り乱れ、攻守はめまぐるしく変わる。だからポジショニング、味方へのサポートなど攻守の原則を体系化した「プレーモデル」が必要で、その土台を16歳までに習得させるのが大切と説かれた。
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岡田さんは、日本は順序が逆だったと感じた。子どものときは教えすぎずに自由にドリブルなど個人技を磨かせ、高校生から監督のチーム戦術にはめ込む。だから、選手が状況に応じて柔軟に判断するのが苦手で監督の指示を仰ぎがちになる。「2006年や14年のW杯日本代表は良いチームだったのに、初戦で逆転負けするとガクッときて1次リーグで敗退した。選手が自立していなかった」と岡田さんはみる。
互いの主張をぶつけあう外国と違い、日本は伝統的に和を尊び、同調圧力が働く。コーチに従順な上意下達も根強い。だからこそ、早く原則を習得させ、その後の創造性、主体的な判断を促す。日本人にこそ必要な指導理論という確信に至った。
すぐ行動に移した。早大の先輩が経営し、四国リーグだったFC今治(愛媛)の運営会社の株式51%を買い、オーナーとなった。このコラムで、指導法を詳細に解説する余裕はないけれど、岡田さんはFC今治の15歳以下チームの紅白戦での体験を楽しそうに明かす。「前半、圧倒されていたチームにおれが指示を出したら後半ガラッと変わったわけ。昔の自分なら『怖がらずにサポートしてやれ!』とか抽象的な言葉でしか説明できなかった。今は原則を理解させるための専門用語を共有できるから、選手に指示の意図を理解させやすい」
FC今治は今季、Jリーグ3部(J3)に昇格した。もっとも、岡田さんのメソッドは「16歳までにたたきこむこと」だから、トップチームで理論が体現されるのは、まだ先。「2025年にはJ1で常時優勝争いをする」ことを目標に掲げる。
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岡田さんがめざすのは、強いサッカーチームを作ることだけ、ではない。
日本財団が昨秋、9カ国の17~19歳に尋ねた調査で、「自分で国や社会を変えられると思う」と答えた割合は日本が18・3%の最下位だった。「日本には自分で決めて自ら行動する自立した国民が必要だ。今は何かに従っている方が安泰で、とがったことはしないほうがいいという雰囲気を感じる」と話す岡田さんの憂慮と重なる。
スポーツが突破口にならないか。サッカー元日本代表のラモス瑠偉さんの口癖を借りれば、監督にでも自身の主張を盾に「冗談じゃないよ」と食ってかかる主体性を培ってほしい。岡田さんはそう願う。残念ながら、今も日本で相次ぐコーチの体罰、パワハラの根絶にもつながると信じて。
「スポーツから社会を変えるのは簡単じゃないけれど、僕らがずっと考えてきたことなんだよね。それが究極の目標だよ」
「僕ら」。親交が深く、4年前に53歳で急逝したラグビーの平尾誠二さんの遺志が、岡田さんに情熱をともしつづける。
(編集委員)